36歳で印刷会社の社長になった僕が、減り続ける売上をなんとか立て直した話

僕が35歳のとき、父親がガンになりました。

父は印刷会社を創業し、以来ずっと社長をしていました。しかし、ガンのこともあったのでしょう。急に僕を呼び出して「おまえ、来年から社長な」と告げたのです。

ちなみに治療はうまくいき今はピンピンしていますが、病気のことがなかったら、このタイミングで社長になることはなかったかもしれません。

僕は36歳で、印刷会社の二代目社長になりました。

このnoteは、印刷会社の息子として生まれ、36歳で継承し、業界が下降トレンドのなか、なんとか生き延びる道を探り出した話です。

同じような後継ぎの経営者や、いわゆる斜陽産業で踏ん張っているみなさんに届けばいいなと願いながら書いてみます。

経営方針がなくてもうまくいっていた
父は何ひとつ言語化しない経営者でした。

経営方針も、経営理念も、一切言語化しない。年度が変わっても「今期の戦略はこうです」などと示されたりはしません。

あったのは「売上の目標」だけでした。

そしてそれは「絶対に達成できないような数字」でした。とりあえず目標は高めに設定する、というのが伝統としてあったのです。

高すぎる目標なので達成できなくても特に問題ありませんが、前年より売上が落ちると営業会議で厳しく責められる。そんな会社でした。

今から考えると売上目標を示すだけで会社が回っていたというのは不思議に思えます。ただ、昔はそれでよかったのでしょう。前年比でプラスになるようとにかくがんばる。経営者はつねに高い目標を示しておけば、自然と売上は伸びていったのです。