「身の回りで、自分より優秀な人間を挙げてみよ」と言われて、挙げることの出来た人数が、その人物の器の大きさを示す。

ハフィントン・ポストにて、本田宗一郎氏の含蓄のある意見を見受けた。

どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては ── 本田宗一郎

ある日、本田は採用担当の試験官にこう提案した。「どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては」

「言うは易く行うは難し」の見本のような言葉だが、採用の本質を突いている。

実際、この採用方法は2つの点で実行が非常に難しい。

1.採用側が、「手に負えない人」を採りたがらない。

2.応募者側が、「ダメな会社に入りたくない」と思い、入社してくれない。

特に、1はまだいいとしても、2は致命的で、下の記事に書いたとおり、良い人は良い会社にしか、興味が無い。

採用できるのは、自分たちと同じレベルの人のみ

企業が応募者を見る以上に、求職者や学生は企業をよく見ている。自分の生活の時間の殆どを預けることになるのだから、当然だ。そして、彼らは「そこに務めている人がどの程度のレベルなのか。経営者の人格はどうなのか」を肌で感じるのだ。

だから、殆どの場合「社員以上のレベルの人」は、その会社に来ない。「良い人が取れない」のは、自分たちが「良い人」ではないからだ。

だから、実際には「デキる人々」が面接官にならない限り、その会社の平均以上の人材すら、確保するのが難しいのである。様々な会社で採用活動を見たが、「応募者を見極めてやろう」と言っていた本人が、その実、「応募者に見切られている」なんてことは枚挙にいとまがない。

したがって、採用活動をうまくやろうと思えば、まず「面接官の人選」が一にも二にも大事である。

コンサルタントやってた時、重要な対人技術として『「ちがう」と言うな』と習った。

コンサルタントのころ。対人技術を教わった。

様々なものがあったが、その中でも群を抜いて重要な技術の一つは

「会話の時、人の話を否定しない」こと。

具体的には、人に『ちがう』と言ってはいけなかった。

若干うろ覚えだが、客先で、こんなことがあった。

プロジェクトで、部門別の目標を立てて、発表してもらった時のことだ。

私:「では、営業部2課の目標の発表をお願いします。」

営業2課:「既存顧客を中心に、前年比10%の売上アップです。」

私はここで、おかしいな、と思った。

先日の経営会議で

「営業2課は、新規開拓を中心にした目標にしてほしい」

との指示があったからだ。

それがなぜか既存顧客中心にすり替わっている。

訂正させなければならない。

が、「その目標、間違ってませんでしょうか?」と否定するのはご法度だ。

私は思案した。

どうすれば担当者を否定せずに済むのだろう。

そこで確認した。

私:「確認なのですが、新規開拓ではなく、既存顧客を中心にするのですね?」

営業2課:「そうです。」

彼らは堂々と「そうです」と主張する。

これはおそらく、担当者に前回の話がきちんと伝わっていない可能性がある。

多くの人は「人脈」を「困った時に頼れる人たち」だと勘違いしているが、実はそうではない。

もう随分と前の話だが、金融機関に勤める友人から「起業を考えている」と相談をされたことがある。

聞けば、自分の専門領域でコンサルのような仕事をしたいのだが、なかなか思い切りがつかないということのようだった。

「やっぱり日本って、人脈がないと事業って成功できないと思うんだよ。」

「よく言うだろ。得意客で人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるとか。」

要するに、十分な仕事を取れるかどうか。

もしくは会社のカンバンを失っても自分は通用するのかどうか心配なので、客観的な意見を聞きたいと言うことのようだった。

彼はプライベートの友人なので、ビジネスパーソンとしてどの程度の活躍をしているのか正直よく知らない。

しかし短い会話の中で、なんとなくわかったことがある。

彼は、「人脈」というものを勘違いしている。

「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返される」

などという「俗説」を身近なリスクに感じるのであれば、彼の起業はきっとうまく行かないだろう。

老害というのは、「自分の成功体験の再現性を疑うことが出来ない人」のこと

この記事で書きたいことは、以下のような内容です。

・成功体験を分析すると、大きく分けて「再現可能な部分」と「再現不可能な部分」に分けられる

・前者は「自分の努力や実力でカバー可能な要素」後者は「周囲の環境や運次第で、努力や実力とは関係ない要素」と言い換えることも出来る

・部下や後輩を指導する立場の人間は、定期的に自分の成功体験をたな卸しして、再現可能/不可能を切り分けしておくべき

・「老害」とは、自分の成功体験のたな卸しが出来ず、成功体験全てを努力で勝ち取ってきたと勘違いしている人のこと

・再現不可能な成功体験に基づいた指導を部下や後輩に押し付けるのは避けた方がいいですよね

よろしくお願いします。

さて、書きたいことを最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

以前勤めていた会社でお世話になった元上司が先日定年退職されまして、久々に電話でお話しました。

こんなご時世なので送別会やら退職の挨拶やらも十分に出来なかったそうですが、「面倒くさくなくて助かった」とご本人はさばさばしたものでした。

御年の割りにかなりガチでゲームされる方で、しばらくは積みゲーの消化に専念されるそうで、最初にやりたいゲームはカルドセプトリボルトと真・女神転生Ⅲ NOCTURNEだそうです。正直うらやましい。

で、その人に昔教えてもらった言葉を思い出しまして、ご本人にも御許可頂いたので書いてみます。

入社してから数年たって、サブリーダーを任せられるようになったくらいのころだったでしょうか。

なぜ「できない人」ほど、人に聞けないのか。

できない人が質問をしに来ない、という傾向は、それなりにどこの会社でも見られるようである。

例えば新人が聞きに来ない、若手が聞きに来ない、あるいは「不出来なベテラン」だと、誰にも相談できなくて行き詰まる、なんて話もある。

つい先日も、あるテクノロジー系の企業で「聞きに来ないメンバー」をなんとかしたいが、どうすればよいか、という話があった。

聞くと、力量の低いメンバーの一人が、報告が苦手で、かつ聞きに来ないので、こちらがかなり監視をしているが、手間がかかってしょうがない、という。

仕事の進捗を入れたり、週報を書いたりするような社内システムもあるのだが

力量の低い人ほど入力率も低く、入力した報告の内容も拙いという。

結局、上司が直接、成果品を逐一覗いてチェックをしているそうだが、それも限界がある。

こまったこまった、という話だ。

こういった事象について

「できない人」は、「何がわからないのかわからない」、したがって、質問ができないのは当然ではないのか、という話がある。

新人はなぜ聞きに来ないのか

何がわからないのかがまずわからない

ので、

具体的にどう質問していいかわからない

だから

何を聞けばいいかすらわからない=聞きに行けない

というパターンかとおもいます。

多くの人は「人脈」を「困った時に頼れる人たち」だと勘違いしているが、実はそうではない。

もう随分と前の話だが、金融機関に勤める友人から「起業を考えている」と相談をされたことがある。

聞けば、自分の専門領域でコンサルのような仕事をしたいのだが、なかなか思い切りがつかないということのようだった。

「やっぱり日本って、人脈がないと事業って成功できないと思うんだよ。」

「よく言うだろ。得意客で人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるとか。」

要するに、十分な仕事を取れるかどうか。

もしくは会社のカンバンを失っても自分は通用するのかどうか心配なので、客観的な意見を聞きたいと言うことのようだった。

彼はプライベートの友人なので、ビジネスパーソンとしてどの程度の活躍をしているのか正直よく知らない。

しかし短い会話の中で、なんとなくわかったことがある。

彼は、「人脈」というものを勘違いしている。

「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返される」

などという「俗説」を身近なリスクに感じるのであれば、彼の起業はきっとうまく行かないだろう。

大学の恩師に教わった、「なにがわからないか、わからない」ときの質問のしかた。

「恩師」の意味を「人生全体に渡って、大きく影響を及ぼす程の薫陶を受けた人」と定義した場合、私には恩師と言って良さそうな人が二人います。

一人は、小学校の3年から4年の時に担任をもってもらったH先生。

もう一人は大学の専門課程、国語学研究室でお世話になったS先生。

H先生については、人生の選択に関わる重要な示唆を色々と頂いたなーと思っていて、例えば昔この記事で書いたんですが、

忍者ハットリくんが、私の人生を大きく変えた、という話。

「ファミコンの忍者ハットリくんに巻物が出てきてかっこいいから、本物の巻物にも触ってみたい」

と素っ頓狂なことを言い出した私に、

「巻物は大学行かないと触れないよ」と答えて、さり気なく「大学=巻物」という刷り込みを行ったのがH先生です。

多分私、この教えがなかったら大学行ってませんでした。

上記の記事でも書いた通り、私は大学での専攻として、「巻物に触りたいから」という理由だけで「国語学」を選ぶわけなんですが、その国語学、正式には日本語日本文学(国語学)専修過程にて大変お世話になったのがS先生です。

小学校の時と同様ちゃらんぽらんだった私は、このS先生から随分と色んなことを教わりました。

今回は、そのS先生に教わった色々の中でも、特に印象に残っている言葉について一つご紹介しようと思います。

多分まだ専門課程が始まって数週間しか経っていなかった頃だったと思うんですが、私はレポートの題材になっていたとある書物(確か「類聚国史」のどれかだったと思います)についてS先生に質問に行きました。

ある会社で配布された、「新入社員へうちの会社が求めていること」という資料が、すごい本音だった。

ある会社で配布された、新入社員向けの資料があった。タイトルは、「新入社員へうちの会社が求めていること」

内容を拝見したのだが、かなり本音で書かれており、面白いと思ったのでこちらで紹介したいと思う。

うちの会社がまず最初に皆さんに求めることは、「言われたことをキッチリやること」です。

納期内に、先輩や上司の指示した仕事を100%終わらせること。それが重要です。正直、創意工夫も、提案も、今の皆さんにはあまり求めていません。それはもう少し仕事を覚えてからでも遅くありません。

そのために、頼まれたことは決して忘れないこと。忘れてしまう不安がある際には、必ずメモを取ってください。

あと、ほんのちょっとアドバイスをするとすれば、納期を前だおしして、頑張って仕事を終わらせること。先輩や上司はそれだけで喜びます。

どんな人が可愛がられるか、ということについては正解はありません。皆さんで上司を観察して考えて下さい。

生意気な人を可愛がる人もいれば、従順な人が好きな人もいます。思慮深い人が好きな上司もいれば、行動力を重視する人もいます。もちろん礼儀正しいことは前提です。人を観察し、対応方法を考える事は、将来皆さんがお客さんと相対した時にきっと役に立つことでしょう。

当然のことながら、上司に可愛がってもらえたら、いい仕事を回してもらえるし、ほしい情報をもらえることでしょう。結果として出世も早いと思います。

「やる気」が、カンタンに操作可能だと知った瞬間、人生はイージーモード。

学生のとき、何もかも面倒になるときが、しばしばあった。

勉強を始めれば眠たくなる。

外にいきたいのに、腰が重く、結局家で過ごしてしまう。

新しいことを始めようと決意したのに、手つかずのまま。

そんなことが続くと、すべてが後手にまわってしまい、本当に大したことができなかった。

そして、その原因を「やる気」が湧かないせいだ、と思っていた。

「やる気」さえあれば、外に出て見分を広げることもできただろう。

交友関係をもっと広げることもできただろう。

あるいは、ビジネスや研究活動に打ち込むこともできたかもしれない。

だが現実的には、日々を漫然とルーティンワークの中で過ごし、大して面白くもないゲームに興じた。

そして、就職しても、根本は変わらなかった。

だが、学校と違うことが一つだけあった。

偶然にも採用してもらえた会社は非常に激務で、常に忙しい環境だったのだ。

毎日、こなしきれないほどの大量の仕事が降ってくるので、「やる気」を引き出すことは全く不要の環境だった。

激務は嫌、という人は多いかもしれないが、「やる気をださなくていい」環境は、実はとても気楽だった。

だから、「なんとなく充実したような気持ち」にはなる。

そうして、就職して1年ほどが過ぎた。

「上から目線」の理由を知ったら、それが気にならなくなったという話。

「上から目線」という言葉が使われだしてから、どれくらい経っただろう。

確か、私の子供の頃は、そんな言葉はなかった。

おそらく社会人くらいから、徐々にそんな言葉を聞く機会が増えた気がする。

それ以来「上から目線」の経営者や芸能人の発言が炎上するのをよく見かけるが、

もはや現在ではこの「上から目線」の人は、かなりの「悪者」として扱われているような気がする。

「憎まれている」と言っても良いくらいだ。

「日本人は理解できないくせに世間の空気だけでジョーカー絶賛してるだけでしょ?」
っていうツイートを見かけた。
いつも思うのですが「俺はこの映画わかってる」という感じで上から目線で他人の感想ツイートを否定するのはほんとよくないです。
リアルでいたら一緒に映画観たくないです。

ただ、私も気持ちはわかる。

かつて、私も「上から目線」に対して、反応していたからだ。

例えば、社会人になりたての時。

会議終了後の、「新人は、ホワイトボード消しとけよ」という、先輩の言葉にわたしはカチンときた。

いやいや、サッと消すだけなんだから、近くにいる奴がやれよ、

高々1年2年、早く入社しただけのお前が、偉そうに。

そう思ったのだ。

また、前年から大きくアップした、売上予算の発表が、経営陣から示された時、

わたしは、「売上予算アップの根拠を教えてほしい」と、質問した。(引用元:blog.tinect.jp/?p=62217)