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苗字Q & A
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コメント一覧
熊谷仁志2021-10-10 02:05:46

>>568
ヒットせず

竹原稔2021-10-10 02:08:49

3件だった

井端弘和2021-10-10 02:11:52

>>404 甲子園の県予選か何かで、亀頭さんて選手がインタビュー受けてた。夕飯時のニュースで…

ジュリア・ベルナルド2021-10-10 02:14:55

俺は15位でした

小林健太2021-10-10 02:17:58

携帯からだから見れないorz
でも、絶対10位以内に入ってるメジャーな名字です。

>564
私の友達に「神」のつく名字の人いますよ。
由来はわかりませんがorz

試しに>269のサイトで幼なじみの名字を検索してみたら、4件だった。

珍しい名字なのは昔から知ってたけど、知ってるのはその幼なじみの家とそのお爺ちゃんだけ…。
後2件はどこだ?

塩谷瞬2021-10-10 02:24:04

俺は14000位だった。金持といいます。

金持ちでもないのになあ

門田茉優2021-10-10 02:27:07

>>579
どういうルーツなの?

私は
2335 比留間 約6,200 幕臣は清和源氏。武蔵国橘樹郡戸井邑の名族に存す

でした。鎌倉時代から幕末まで代々武家でした。
名族って武家=地主が多いの?

福田悠太2021-10-10 02:30:10

江戸以降の武家は直接土地を持たずに
扶持米を支給されていたわけだから、武家の子孫で
地主は少ない気がする。地主なら地方の庄屋なんかの
村役をやっていた子孫のほうが多いでしょう。
うちもそんな感じで苗字帯刀御免の庄屋でした。

エリック・ワイナイナ2021-10-10 02:33:13

うちの先祖は元は城持ちの武将だったが、戦乱の戦で秀吉軍に破れ
徳川の治世になった後は帰農して庄屋になったらしい。

杏沙子2021-10-10 02:36:16

名族、豪族(子孫)=ほとんど地主だろ

福田恵悟2021-10-10 02:39:19

 松平だけど、貧乏旗本だったそうだ。

国枝栄2021-10-10 02:42:22

大黒って何位ですかね?
サッカー選手とか歌手にもいますが。

石原新菜2021-10-10 02:45:25

お前らも晒せ

>>585
1774 大黒 約8,900 オオクロ、ダイコク。秦氏。会津藩、徳島藩、土佐などに存す。大阪府に多い姓。

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井上孝義2021-10-10 02:48:28

>>583
そういう奴らが結局江戸時代になって
大百姓とかになってるわけで

サード長嶋2021-10-10 02:51:31

名・豪族といっても、長男(嫡男)以外は分家として放り出されるけど
こういう連中は藩士とか御家人の家臣になったりしてたの?

謎だ。貧農の分家もどうなるんだろ

赤坂泰彦2021-10-10 02:54:34

野村が98位とは・・もっと腐るほど居ると思っていたよ仲間たち!

塩見フリーダム2021-10-10 02:57:37

>>588
江戸時代は分け与えるほど土地を持っている
農家は殆どない。だから長子じゃない奴は
城下町の商家なんかに奉公に出してた。
商家に奉公するためには、読み書き算盤ができないといけない。
だから貧農でもそれくらいの教育はしてた。これが江戸時代に
他の諸外国と比べても、日本の識字率が以上に高かったことの原因。

千葉星子2021-10-10 03:00:40

武家の次男以下はどうなるの?
商家に奉公なわけないよなー

愛音羽麗2021-10-10 03:03:43

武家の次男以下は「部屋住み」といって
たいていは一生独身飼い殺しのニートになる。
武士を捨てて商売を始めたり農業を始めたりするのもいる。
医者や坊主になるのもいる。
あるいは他所の家に婿入りしたりする。

加藤未唯2021-10-10 03:06:46

あと、重要な役割として
「跡取り長男が急死した場合のピンチヒッター」にもなる

木村博之2021-10-10 03:09:49

雑談。

むかしは次男、三男はたいへんだったということだね。
旗本じゃないが、松平姓の貧乏直参というと柴田錬三郎の「御家人斬九郎」を思い出すね。
テレビ時代劇の渡辺謙がカッコよかった。蔦吉姐さん役の若村麻由美とどうこうあったのはこの時代か。
漏れもあの頃は蔦吉姐さんファンだったけど、結局あの教祖の嫁さんだもんなあ、萎えるゼ。

徳川八代将軍の暴れん坊こと吉宗なんぞは紀州藩の三男坊で一生部屋住みで終わるところを、
将軍家継がわずか八歳で夭折して本流の血を断絶させたおかげで天下一の大将軍にまで出世したんだから、
ベンチで控えやってても少ないチャンスで打てるよう日ごろから練習は怠らないようにってことか。ちがうか。

皇族や摂関家などの次男、三男となると、門跡寺院に入るケースが多いね。
寺院住持といっても大荘園主だったりするし、門前町の税収入は莫大だし、大企業の名誉顧問みたいなもんだね。
それに大寺院は中世あたりそこらの大名なんぞよりもよっぽど兵力を蓄えてたから、ただのピンチヒッターとか
食い扶持減らし以上の意味があったんだろうと想像するが、その辺は詳しくないんでよろしくエロい人。

門跡などからピンチヒッターとして還俗した例として、有名なところでは第六代室町将軍・足利義教(義宣)
などがいるね。くじ引き将軍などというのは、まだクジが神性を残していた面もあるってことか。
傀儡が中途半端に有能だと悲惨な末路をたどるという代表的な例でもある。

とりとめなくてゴメン。まあ、夏休みも終わるから、こういう雑談も尾を引きにくいでしょうってことで許して。

フェス・パーカー2021-10-10 03:12:52

誤記修正。吉宗は四男坊だったね。失敬。

柳家小さん(5代目)2021-10-10 03:15:55

読みは一位なんだが…
『佐東』は少ないな。