あまり星や天文に関わる習俗、民間伝承なんかを見聞きしないような気がします。
七夕とかお月見とかぐらいしか。
七夕ももともと中国では織姫が彦星に出向いてくるとか。
個人的には、星をどのように見なしてきたか・どのように語ってきたか、
それらはがどのように変遷してきたか・その背景にあるものはなにかということに興味があります。

こんなスレもあるようですが↓
七福神と北斗七星
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/min/1023814202/
ちょっと限定されすぎてる気がするので新スレをたてました。

ここで天文、特に星にまつわることをマターリと語って下さい。
こんな話があるとか、隕石がご神体の神社の話とかなんでも。よろしく ( ̄ー ̄)ニヤリッ
コメント一覧
Mr.CRB2021-10-10 04:02:51

妙見・北辰信仰は通説では平安期の承平・天慶の乱辺りの武士団から
派生したように書かれていますが、それ以前の帰化人の信仰などでは
無かったのでしょうか?
私は帰化人の多く住んだ埼玉県北部や長野県北部・群馬県に
その跡が見受けなれないか調べているのですが
情報お待ちしています
(特に思金神との関連も調べています)

秋元真夏2021-10-10 04:05:54

七夕なのに特に盛り上がらなかったな

マイケル・ジョンソン2021-10-10 04:08:57

むしろ盛り下がってますw

アレサ・フランクリン2021-10-10 04:12:00

>>85
本来の七夕は、新暦7月7日じゃないからな。
梅雨じゃあんまりだよ。

ユマ・サーマン2021-10-10 04:15:03

>>87
今日は(もう昨日か)珍しく星が見えたけどね。

永坂真心2021-10-10 04:18:06

たまにはオカ板にも遊びに来てくださいyo。

【牡牛と竜 三柱目「天津神と国津神の系譜」】
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1092666207/101-200

レツゴー正児2021-10-10 04:21:09

>>83
交野は帰化人が多く住んだ場所。
桓武の母方(帰化人)の出身地であって
桓武もあのあたりで郊祀を行ったはず。

田口達也2021-10-10 04:24:12

ダン・スバーン2021-10-10 04:27:15

一年もまともなカキコが無いのか。恐るべし民俗板

関口アナン2021-10-10 04:30:18

まさに「七夕スレ」やなw

燃料
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/1070731657/206-209+221

野崎幸助2021-10-10 04:33:21

七夕は新暦7月7日じゃないし

皆川猿時2021-10-10 04:36:24

民俗とは関係ないが、星好きな人におすすめです
http://www.toxsoft.com/  ステラはなかなかイイ
ミタカも良かったが☆

浜谷康幸2021-10-10 04:39:27

まず、星宿信仰をもつのは砂漠や海洋のような開けて天候の良い地域の
世界が適している。現に、現在の天文学で使われている星の名も乾燥し
雲が少ないアラブ世界のものだ。
またイギリスや地中海、東南アジアの海洋民も星の詳しい知識を持って
いたのは、航海術上の便宜が大きかった。
それに比べて、モンスーンにより雲や雨で観測がむつかしいアジアでは
星よりも観測が容易な太陽や月がメルクマームになった。

天体はまず時間的スパンを人類にもたらした。太陽・月による1月の長さ、
天体の見かけの運動から一年の長さを人は知るようになった。
動物の移動や回遊、発情の時期とリンクさせる事で狩りの時期を知る目安
になった事だろう。そして農業の始まり以降は、種まきや水利、刈取りの
時期を決める雨季を知る目安となっただろう。

古代エジプト人は、イシスやオシリス等の星宿信仰を持っていたが、それ
は1年に1度のナイルの氾濫を知らせるもので農産業と直接リンクしていた
のだった。
そしてエジプトはもう一つ、天体の歳差運動も知っていた。これは天体の
みかけの動きが数万年かけて移動していく地球の自転・公転のみそすり運
動だが、精緻な観測の結果それを導きだし、上エジプトと下エジプトの神
の交代として知られていた。
人類がストーンヘンジやピラミット等の石造建造物を作り始めて、まず星
の運動の秘密を探ろうとしたのであるのは確かである。

結城ちか2021-10-10 04:42:30

ジャングルに住んでたマヤやアステカの立場は

内瀬戸真実2021-10-10 04:45:33

アンデス文明はいくつかの時期があり、乾燥した西部海岸部、熱帯の東部アマ
ゾン域、そしてアンデス山岳部を移動し、またそれぞれの地域が交易していた
事が知られている。
諸君の知る空との関わりのあるナスカの地上絵等を産出した文化はこの乾燥し
た西部海岸部に集中している。
マヤの天体観測は2つの暦による重層構造をしており非常に難解であるが、何
等かの天体周期を元にして導きだされたものだろう。ただ旧大陸の星辰カレン
ダーが主に農業生産活動の上で、定期的な大河の洪水や雨季を観察するものだ
ったのに比べ、大きな川のそばに発達しなかったマヤ・アステカの生産構造と
の違いはあると思われるが・・・
なぜ新大陸の文明は、ミシシッピ川や、アマゾン川等の河口に生まれずに、急
峻な山岳や密林を生活基盤にしたのかは、更に研究が必要だろう。

大松桂右2021-10-10 04:48:36

おお、なんとなく100へ・・

橋本裕太2021-10-10 04:51:39

「なぜ、マチュピチュのような険しい山に都市を築いたのかって?
 それは・・・そこに山があるからさ・・・」
                      G.マロリー

デイブ・クーリエ2021-10-10 04:54:42

>>98
おいおい、「アンデス文明が・・・」と語ってそれからさりげなく
マヤ・アステカの話に移って、さも97の突っ込みに答えているようだが、
マヤ・アステカはアンデス文明ではない。アンデス文明(ナスカ含む)は南アメリカ。
マヤ・アステカは今のメキシコ近辺だ。「いくつかの時期」とかいう問題じゃない。
(アンデス文明とマヤ・アステカは文明は互いに互いの存在を知らなかったらしい。)

中国と朝鮮と日本の区別がつかない、アホ外人とレベルが同じだ。
知識が薄っぺらな人間に限って、大風呂敷を広げるもんだな。

ブルース・マチアーノ2021-10-10 04:57:45

>>94
旧暦の7/7になったのも陰陽五行説からで、特に根拠ないらしいが・・・

>>96
中国では古くから太白星や客星の位置や出現を元に、君主の生死や戦争
を予知していたが・・・

>>101
じゃあ、おめえの小さい風呂敷を広げてみろよ。

せきぐちあいみ2021-10-10 05:00:48

とりあえず三点リーダの出し方ぐらい覚えとけよ
個人サイトでやったらいい笑いもんだよ

山崎貴2021-10-10 05:03:51

今日が本来の七夕です

星風まどか2021-10-10 05:06:54

>>104
違うよ8月11日だよ、新月の日から数えて7日目。

ずれやまズレ子2021-10-10 05:09:57

窪厨キモスwwwwwwww

萩原朔太郎2021-10-10 05:13:00

星という名字については何かご存じありませんか。