多くの人は「人脈」を「困った時に頼れる人たち」だと勘違いしているが、実はそうではない。

もう随分と前の話だが、金融機関に勤める友人から「起業を考えている」と相談をされたことがある。

聞けば、自分の専門領域でコンサルのような仕事をしたいのだが、なかなか思い切りがつかないということのようだった。

「やっぱり日本って、人脈がないと事業って成功できないと思うんだよ。」

「よく言うだろ。得意客で人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるとか。」

要するに、十分な仕事を取れるかどうか。

もしくは会社のカンバンを失っても自分は通用するのかどうか心配なので、客観的な意見を聞きたいと言うことのようだった。

彼はプライベートの友人なので、ビジネスパーソンとしてどの程度の活躍をしているのか正直よく知らない。

しかし短い会話の中で、なんとなくわかったことがある。

彼は、「人脈」というものを勘違いしている。

「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返される」

などという「俗説」を身近なリスクに感じるのであれば、彼の起業はきっとうまく行かないだろう。

老害というのは、「自分の成功体験の再現性を疑うことが出来ない人」のこと

この記事で書きたいことは、以下のような内容です。

・成功体験を分析すると、大きく分けて「再現可能な部分」と「再現不可能な部分」に分けられる

・前者は「自分の努力や実力でカバー可能な要素」後者は「周囲の環境や運次第で、努力や実力とは関係ない要素」と言い換えることも出来る

・部下や後輩を指導する立場の人間は、定期的に自分の成功体験をたな卸しして、再現可能/不可能を切り分けしておくべき

・「老害」とは、自分の成功体験のたな卸しが出来ず、成功体験全てを努力で勝ち取ってきたと勘違いしている人のこと

・再現不可能な成功体験に基づいた指導を部下や後輩に押し付けるのは避けた方がいいですよね

よろしくお願いします。

さて、書きたいことを最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

以前勤めていた会社でお世話になった元上司が先日定年退職されまして、久々に電話でお話しました。

こんなご時世なので送別会やら退職の挨拶やらも十分に出来なかったそうですが、「面倒くさくなくて助かった」とご本人はさばさばしたものでした。

御年の割りにかなりガチでゲームされる方で、しばらくは積みゲーの消化に専念されるそうで、最初にやりたいゲームはカルドセプトリボルトと真・女神転生Ⅲ NOCTURNEだそうです。正直うらやましい。

で、その人に昔教えてもらった言葉を思い出しまして、ご本人にも御許可頂いたので書いてみます。

入社してから数年たって、サブリーダーを任せられるようになったくらいのころだったでしょうか。

家事育児を「やっているつもり」の旦那へ見せた執念の分担図

そろそろ4月入園の保育園の承諾通知が届くころですね。育児休業中のママたちは、職場復帰の準備を整えているのではないでしょうか。そんなママのもっとも大きな課題は「育児・家事・仕事」をどうやって回していくかということ。そのために必要なのが、なんといってもまずは旦那の協力です。育児休業中はママの方がどうしても時間的余裕があるので、家事育児の負担は大きくママに偏りがちです。復帰を目前にして「どうやって分担を求めようか」とあせっている人も多いのでは?4年前の私もまさにそんな状況でした。そして、「復帰すれば旦那も変わるだろう」と思って仕事復帰をしたのです。

それが甘かった…。

仕事復帰しても旦那は変わらない
復帰して半年、旦那は一向に変わりませんでした。なぜ私ばかりが16時に仕事を終えて、周囲に肩身の狭い思いをしながら帰り、ダッシュで子どもをお迎えに行って、ボロボロこぼされたりしながらご飯を食べさせ、お風呂嫌いでギャン泣きする子を一人でお風呂に入れなきゃならないのか…

妊娠前までは対等に仕事の話もできていた私たち夫婦。育休復帰後は旦那との生活の制限の差に不公平感がつのりました。同時に薄れゆく旦那への愛情。こんなはずじゃなかった!とさえ思いました。そこで私も多くのママが経験するように「もう少し分担してくれないと仕事と育児と家事って無理なんだけど」と旦那に怒ったのです。ところが「俺、けっこう分担できてると思うんだけど」と言うではありませんか! 多くのママはここで諦めるなり、感情的に怒ったりするのかもしれません。でも自他ともに認める鬼嫁の私はその夜、とっても冷静にある「図」を作成しました。

れがこちらです。

なぜ「できない人」ほど、人に聞けないのか。

できない人が質問をしに来ない、という傾向は、それなりにどこの会社でも見られるようである。

例えば新人が聞きに来ない、若手が聞きに来ない、あるいは「不出来なベテラン」だと、誰にも相談できなくて行き詰まる、なんて話もある。

つい先日も、あるテクノロジー系の企業で「聞きに来ないメンバー」をなんとかしたいが、どうすればよいか、という話があった。

聞くと、力量の低いメンバーの一人が、報告が苦手で、かつ聞きに来ないので、こちらがかなり監視をしているが、手間がかかってしょうがない、という。

仕事の進捗を入れたり、週報を書いたりするような社内システムもあるのだが

力量の低い人ほど入力率も低く、入力した報告の内容も拙いという。

結局、上司が直接、成果品を逐一覗いてチェックをしているそうだが、それも限界がある。

こまったこまった、という話だ。

こういった事象について

「できない人」は、「何がわからないのかわからない」、したがって、質問ができないのは当然ではないのか、という話がある。

新人はなぜ聞きに来ないのか

何がわからないのかがまずわからない

ので、

具体的にどう質問していいかわからない

だから

何を聞けばいいかすらわからない=聞きに行けない

というパターンかとおもいます。

多くの人は「人脈」を「困った時に頼れる人たち」だと勘違いしているが、実はそうではない。

もう随分と前の話だが、金融機関に勤める友人から「起業を考えている」と相談をされたことがある。

聞けば、自分の専門領域でコンサルのような仕事をしたいのだが、なかなか思い切りがつかないということのようだった。

「やっぱり日本って、人脈がないと事業って成功できないと思うんだよ。」

「よく言うだろ。得意客で人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるとか。」

要するに、十分な仕事を取れるかどうか。

もしくは会社のカンバンを失っても自分は通用するのかどうか心配なので、客観的な意見を聞きたいと言うことのようだった。

彼はプライベートの友人なので、ビジネスパーソンとしてどの程度の活躍をしているのか正直よく知らない。

しかし短い会話の中で、なんとなくわかったことがある。

彼は、「人脈」というものを勘違いしている。

「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返される」

などという「俗説」を身近なリスクに感じるのであれば、彼の起業はきっとうまく行かないだろう。